関ジャニ∞・横山裕の母ツアー中急死!弟はショックで記憶喪失家族の過去をTVで告白

27日放送に放送された「A-Studio」(TBS系)で、関ジャニ∞の横山裕がソロコンサートツアー中に母親と死別した過去をTV初告白し涙を浮かべた。

「A-Studio」では、司会の笑福亭鶴瓶が関ジャニ∞・横山裕の秘められた家族の話題を掘り下げた。鶴瓶から横山の母が他界した時のことを聞かれると、自身が29歳のときソロコンサートツアー中に母親が亡くなったことを番組で振り返った。関ジャニ∞・横山裕は躊躇しながらも

「テレビで話すの初めてですけど」

と話し始めた。

「最後、僕がソロコンサートで、大阪城ホールの姿を見せれてるんですよ。それがやっぱり良かったですね」

と、母が亡くなった事への当時の心境を語る。関ジャニ∞・横山裕の母親が亡くなったのは、青森でのソロコンサートツアー中だったそうで、

「(母親が亡くなったことを)お客さんにバラしたら絶対にアカンと思ったんで、言わなかったんです。来ていただいてるお客さんには関係ないことですし」

と、母が亡くなった事をお客さんにはわからないように感情を抑え元気にステージをこなしていたのだという。



横山裕はコンサート中に急死した母の事を隠しステージを熟していた

出典:twitter画像

母が亡くなった事をお客さんにはわからないようにステージを熟していた関ジャニ∞・横山裕だったが、自身の母親をテーマに横山が作詞を手がけた「オニギシ」を歌う際には感極まってしまい、客席に背を向けてしまったそう。

関ジャニ∞(エイト) / KJ1 F・T・O[通常盤初回プレス] Wikipedia

「オニギシ」を歌うとき急に号泣しつつ笑顔で歌おうとする横山の姿に、客席のファンは理由がわからずにザワついたという。

関ジャニ∞・横山裕の弟は母の急死で記憶喪失になってしまう

鶴瓶は、「A-Studio」収録の事前に横山の弟のもとを訪れて取材をしていた。スタジオにその写真が映されると、

「ちょっとヤバい。ちょっと待ってください」

「オレ涙もろくなってんねんなあ」

と、関ジャニ∞・横山裕は弟の写真が写されたことと、鶴瓶が事前に弟の元へ出向いた事に涙を拭いはじめた。横山によると、母親が亡くなった際、気丈に振舞っていた弟だったが、1週間後に入院してしまったのだという。

横山裕の弟は母親が亡くなったショックからか、記憶を失ってしまったのだとか。何回か弟と横山裕が旅行を重ねいくうちに、記憶が戻ったという。記憶が戻るまでの弟は、

「2年間くらいの記憶がなかった。オカンが生きてたころの記憶しかなかった。ドラマみたいな話ですけど」

と横山裕が弟の記憶喪失について番組で打ち明けると、鶴瓶は驚きの声をあげながら絶句していた。

関ジャニ∞・横山裕の母・弟との家族関係

横山裕は、裕福な家庭の一人っ子として生まれ、大切に大切に父親と母親に育てられ愛情あふれる家庭で育っていたそうだ。しかし、父親と母親の離婚で一変。

離婚後すぐに、母親が再婚し祖父母に預けられた。その後、横山裕は祖父母の家で育ち、母親と再婚した義父の間には、2人の男の子が生まれた。祖父が心臓病になり母親のもとに戻されたという。

ある日、母がジャニーズに履歴書を送った事が横山裕がジャニーズに入ったきっかけといわれている。横山裕がお金を稼ぎだしたころ再婚相手の義父と母親は離婚。

母子家庭となった母親と弟2人の生活を横山裕の稼ぎで生活を支えていた。

オニギシは家族の事情で祖父母の家で育った横山裕が母へ送った歌

「オニギシ」には家族の事情で祖父母の家で育った横山裕の母との思い出がとにかくギュッと込められた歌詞となっている。小さいころに

「お母ちゃんと結婚するねん!」

と夢見る程に母を愛していたこと。友達に裏切られて悔しい思いをしている時に

「裏切られた自分を悔やむなら,信じた自分を褒めや」

と、母から言われたこと。子供の頃は「おにぎり」と言えなくて「オニギシ」と言っていた横山裕は母が作るちょっとしょっぱいおにぎりが大好きだった事。

大人になったけど、母にとってはいつまでも子供だから「おにぎり」は「オニギシ」で、生まれ変わっても「オニギシ」を食べたい。母のように「頑張るを精一杯頑張って」生きていきたい。という気持ちが込められている。