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ソニンの元相方!ゴマキ弟が語った刑務所での5年間や母の死

「モーニング娘。」の元メンバーで現在はタレントの「ゴマキ」こと後藤真希。彼女の弟が、一昔前に世間を騒がせたのを覚えている方はいるだろうか。ダンスボーカルユニットEE JUMPのメンバーとしてヒット曲「おっととっと夏だぜ!」を放った「ユウキ」こと後藤祐樹だ。

EE JUMPはソニンとユウキからなる2人組ユニットだったが、ユウキの度重なる不祥事で、2年足らずで事実上の解散となった。マネージャーへの暴行や、未成年でのキャバクラ飲酒などの問題行為だ。

その後、窃盗事件で逮捕という、思わぬ形で再び世間の注目を浴びることになったユウキだが、現在は何をしているのだろうか。彼が「文春」のインタビューに口を開いた。

暴行に未成年飲酒で芸能界引退 窃盗と暴行で逮捕へ

ソニンと共に組んだダンスボーカルユニット『EE JUMP』では、ラップを担当したユウキ。2000年10月にデビューを果たした。彼らを事務所の看板にするため、デビューに際しては3億円とも言われる巨額のプロモーションをかけたとも言われているが、デビューシングルはあまり売れず、3番目のシングル「おっととっと夏だぜ!」がようやくヒット。

そんななか、2001年8月に、仙台での仕事のため前泊していたホテルから帰って友達と遊びたいと抜けだし、ホテルの玄関で女性マネージャーと口論になり、暴行を加えた。そればかりか車を運転する友人を呼び出し、栃木県まで逃亡。このときまだ中学生であった。

これによって3ヶ月の謹慎処分を受けたが、2002年には未成年にも関わらず、当時ジャニーズJr.だった友人と歌舞伎町のキャバクラのVIPルームで飲酒するなどの問題行為が週刊誌「フライデー」によって発覚した。

マネジメント側として事務所はユウキに対し、けじめとして私生活も管理下に置いて芸能活動を継続させることを通告したが、それを拒否したため、ユウキはEE JUMPを脱退することとなった。これにより、EE JUMPは事実上解散することとなったのだ。

芸能界引退後は定時制高校に通うも半年で中退。とび職などで働いていたが、その間にも読者モデルとして雑誌などに載っていたこともあった。2005年には18歳の時点で一般人女性とできちゃった婚をし、のちに3児をもうけたが、離婚している。

2007年から友人2人と共謀して、建設工事現場に不法侵入し、銅線を盗んで転売するようになる。同年9月には、都内のある工場で警備員を殴打した上で銅線を窃盗した。翌月、共犯者の1人が逮捕されたことを受けて、この1件のみ家族に打ち明けて出頭するが、余罪が追及され、窃盗容疑だけでなく強盗傷害容疑などで再逮捕された。これらを含め約10件の金属泥棒への関与を認めた。

非行の背景には中学や父の死

事件の翌年である2008年。東京地方裁判所で、懲役5年6ヶ月の実刑判決を受けたユウキこと後藤祐樹。控訴はせず、少年刑務所に収監されることとなった。仮釈放後は週刊誌のインタビューに応じ、自身の近況を語ったり、入れ墨がびっしり入った上半身を披露したりと、話題になることもあった。

そして、5年6ヶ月の刑期を終えてから9年が経った今、YouTubeチャンネルをスタートさせた彼に対して週刊文春が、過酷であった獄中生活、現在の妻との出会い、服役中に亡くなった母、姉ゴマキへの想いなどについて聞いたという。

まず、中学生時代に非行に走るようになったのは、中学でたまたま不良生徒の集まりのような学年に当たってしまったことがあるという。のちに、共謀して銅線窃盗を行うようになったのも、この、中学時代の同級生だったという。

それよりも前に、畏怖の対象であると同時に優しく、叱ってくれる存在であった父が亡くなってしまったことも大きいかもしれない、と後藤祐樹は振り返る。

その学年では、校舎の窓から校庭に向けて牛乳瓶を投げたり、洗面所の蛇口を片っ端から折ったり、新聞配達の原付バイクを盗んだりと、段々と非行がエスカレートしていったという。

今となって「文春」に語った事実をまとめれば、学校では期待されていない自分だったが、裏腹に芸能界では期待してもらえた。一方で、プライベートなど関与され、反発するようになってしまった、という内容だ。

それが芸能生活にも支障を及ぼした。EE JUMP時代で不祥事を重ねて、デビュー2年目で引退。短い活動期間ながらに、世間にインパクトを与えた。しかし、今回のインタビューで語るには、引退の決め手となった「未成年キャバクラ飲酒」には誤解のある部分もあるという。

「僕は本当に飲んでいないんですよ。あれは友人だったジャニーズJr.の子と歌舞伎町で遊んでいて、好奇心で入れるかなと行ってみたら、なんのおとがめもなくVIP席まで通されてしまって。僕だとバレていたから通してくれたんだと思いますけど」

「やっぱり、大人が中学生の僕らにチヤホヤしてくれるのが嬉しかったんです。それで、お店に何度か行くうちにリークされていたみたいで『FRIDAY』に撮られてしまった」

と顛末を語った。そして、それをきっかけに芸能界引退。数年後の2007年には銅線窃盗事件で逮捕という、思わぬ形で再び世間の注目を浴びることとなった。犯罪に手を染めた心情としては、「中学から不良と呼ばれる類の人間で、年をとるにつれエスカレートしてしまった」ことに加え、楽して稼げる方法を知ってしまったがゆえ、とした。

また、犯行仲間が逮捕されたことを受けて出頭することを家族に話したわけだが、その際に姉であるゴマキは黙って話を聞き、「どれくらい家に帰れないのかわからないけど、みんなでご飯食べよう」と言って食事に連れていってくれたという。

当時を振り返り後藤祐樹は、「すごく優しいんです。言葉ではなにも言わないんですけど、態度や行動で示すというか。いっつもそうなんです、姉ちゃんは」と結んだ。

刑務所ではイジメも 母は自殺?

刑務所では、いじめも横行していたという。後藤は、「トイレ用のブラシで歯を磨けとか、施設内の除草作業で見つけたカブトムシの幼虫を食べろとか、部屋長の精液を掛けたご飯を食べろとか、本当にあるんですよ」と語った。

後藤自身も、ヤカンに入った水をひたすら飲まされる「水飲み」なるものをさせられたという。首謀者らは、刑務官の巡回のタイミングを避け、ばれないように器用にやるそうだ。

拘留中には、家族も頻繁に面会に来てくれたという。事務所から止められていた姉ゴマキも、他の家族ほど頻繁にというわけにはいかないが、半年に一度ほどは顔を出してくれたと語った。

そんななか、2010年に母が自宅の窓からの転落事故で亡くなったという訃報が入る。当時、「自殺」としても報じられたが、その直前にも母は面会に来ていたといい、おかしなところもなかったと後藤は振り返る。そのうえで、

「自分のせいでいろいろな問題が起きたのは間違いなかったので、家族からも「祐樹の中でも、考えなきゃいけない部分はあるんじゃないの」という重い言葉もかけられました」

と、母の死には自分にも責任があるとした。

現在は職人 インスタやYouTubeもコツコツと

凄惨な刑務所生活を終え、もとの生活に戻った後藤祐樹。学生時代にはまったく楽しさを見いだせなかった勉強も、刑務所時代には楽しいと思えるようになり、漢検や英検、さらには行政書士の資格のための勉強などもしたという。

現在はというと、姉の旦那の主催したパーティーで出会った一般人女性と再婚。現在は、千葉県ののどかなところで暮らし、結婚相手の女性の父のもとで工事現場の職人としてまじめに仕事をしているという。

また、妻のことや犬のことを主に投稿しているInstagramで、ファンから「YouTubeはやらないの?」と声をかけられ、今年になってYouTubeも始めた。SNSではコメントなども一つずつ丁寧に返信し、まめに地道に活動しているという。

後藤は現在の活動について、「客観的に見て、自分の印象って世間的にはまだまだ悪いと思うんですけど、そういったことを地道にやっていると、最近『印象が変わりました』『しっかりされているんですね』といったコメントをいただけるようになってきました」と笑った。