元横綱の曙太郎さんが死去…病気だった?元貴乃花と若乃花も追悼コメント

曙さんは病気だった?死因は?

2005年にはプロレスにも参戦し、レスラーとして活動を続けた曙さん。当初は個人事務所に所属のフリーレスラーとして、その後は全日本プロレスに本格参戦し、武藤敬司に師事して才能を開花させました。

全日本を退団後は自身の会社も立ち上げ、2015年にはボブサップと再戦するなど話題を常に作り続けました。長年にわたってレスラーとして活躍し、リングに立ち続けましたが、体に異変が起きたのは7年前のこと。

2017年4月の試合後に体調の異変を訴え、救急搬送されたのです。このとき入院が長期化し、危険な状況だったといいますが、懸命なリハビリで回復を遂げました。このとき体重は60キロほど落ちたといいます。

しかし2018年9月下旬にも心停止に見舞われたことで、重度の記憶障害が後遺症として残るなど、再び危険な状態に。一時期は会話や着替えもおぼつかないほどだったといい、そんな背景もあって、ここ数年は療養生活を送っていたようです。

このたび発表された内容によれば、曙太郎さんの死因は心不全だったということです。今月に入ってから容態が急変したとのことでした。54年の生涯に幕を閉じたのは、生まれ故郷のハワイではなく、長きを過ごした日本の土地でした。

元若乃花・貴乃花らも追悼コメント

曙太郎さんの訃報に際し、当時しのぎを削った「若貴兄弟」も追悼のコメントを出しています。貴乃花光司(花田光司)氏は所属事務所を通じて「哀悼の意を表します。数々の闘いの思い出がありますが、相撲教習所に半年間通った頃の稽古の思い出が出てきます」とコメント。

ハワイから遠い日本の地にやってきた曙さんの苦労を汲むコメントも残し、「百折不撓の人生観だったと思いますが、これからは身を楽にして安らかに。 第六十五代横綱 貴乃花光司」と結びました。

貴乃花氏の兄で、元横綱の若乃花であるタレント・花田虎上(まさる)は、「曙の訃報に際し」というタイトルでブログを更新し、「ライバルであり友であり、苦楽をともにした仲間が旅立ちました」とつづりました。

「現在、曙の訃報に際し、コメントを求められていますが、あまりのショックにお話できるような状態ではありません」と、コメントを出す代わりに文章としてつづることを断った上で、「突然のことに送り出す言葉が全く見つかりません」と心境を明らかに。

ともに相撲協会から離れた身ではありますが、「離れていてもいつも心にいました」とし、「切磋琢磨してライバルとして戦ってきた分、愛情が深く、言葉では言い表せないものがあります」と曙さんへの思いを吐露しました。

「年を取ったらハワイの木の下で同期生みんなで会おうと曙と話していた、その約束も果たせず、ただただ寂しいです」とし、最後には「ゆっくり待ってて。ハワイの木の下でまた会おうね。会いに行くね」と締めくくりました。

花田虎上は、闘病中の曙さんのお見舞いにも顔を出していたといい、記憶障害を負ってしまった曙さんも、花田虎上がお見舞いに来たときには現役当時の記憶がよみがえったのか、終始楽しそうに話していたといいます。

山田邦子も「またね チャド」

また、元小結 高見盛の東関親方は、現役時代に付け人を務めたこともある曙さんの訃報について「体調が悪いとは聞いていたが、なんと言っていいか、ことばにできない」と静かに話したといいます。

そして「自分が入門した時には横綱としていて、大きな存在だった。伝えたいのは感謝のことばだ。強さも厳しさもあった人だった」と振り返りました。

また曙さんのプロレス時代に親交があった元プロレスラーの武藤敬司は、「大相撲からプロレス界へ、真摯に向き合う姿勢にプロレスLOVEを感じた人でした」とSNSで曙さんへの思いを吐露。

「俺の引退前に今一度闘いたかった思いもありましたが叶いませんでした。横綱、ゆっくりと休んでください。心よりご冥福をお祈り致します」と曙さんへ哀悼の意をつづりました。

曙さんと親交のあったタレント・山田邦子も、「バイバイ チャド」と題してブログを更新。追悼の意を表した上で、「横綱の時、強くてカッコ良かった 披露宴にも来てくれた」と曙さんの当時を振り返りました。

「プロレスラーになってからも もの凄い圧で、怪物のように強かった 素顔は思いやりのある、明るくて優しい青年だった」と回想し、「ハワイに帰りたい、と言っていた 魂はもうハワイの海に行ったかな 悲しくて寂しい。たくさんがんばったね またね チャド」と締めくくりました。

1 2