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アントニオ猪木が難病を告白!妻を亡くし現在は車いす生活

元プロレスラーで政界でも活躍していたアントニオ猪木が、難病を告白した。

昨年は政界を引退し、妻・田鶴子さんを亡くすなど激動の1年を過ごした。今年2月には喜寿を迎えた。

週刊新潮の取材には、気丈に答えたようだ。決まり文句でもある「元気ですかー!」の精神は失われていない様子がうかがえる。

病名は心アミロイドーシス

“燃える闘魂”アントニオ猪木は1960年、力道山にスカウトされ日本プロレス入り。デビューから60年が経つ。

“いつ何時、誰の挑戦でも受ける”を信条に、常にプロレス界の中心でスポットライトを浴び続けてきた。

しかし、「元気ですか!」と叫ぶ、あの力強さとは裏腹の難病告白へ至った。

今年2月に誕生日を迎え77歳となり、「喜寿を祝う会」では元気に闘魂ビンタを喰らわせていたが、それも病いを押してのことか。

「昨年、少し耳が聞こえなくなって病院にかかったんです。そのときにいろいろな検査をしてもらい、心アミロイドーシスという難病に罹っていることが判明しました。それが昨年の秋ごろです」

「心臓にアミロイドという悪い“膜”ができているらしい。そのため心臓の機能が落ち、全身に充分な血液を送ることが難しくなるそうです」

本人によればここ数年、息が苦しいと感じることや、階段で息切れを感じることがたびたびあったという。老化が原因と思っていたが、心臓の病気であることが発覚したということだ。

「難病が分かってから振り返ると、私はだいぶ前から足が冷えやすくてね。いわゆる冷え性です。それと2年前に腰の神経の手術をして、車椅子生活だったときはむくみが酷かった。これらもアミロイドが原因だったんじゃないかな」

と、過去のいくつかの症状も実は心臓の病気と関わっていたのではないかと考察した。

「日本アミロイドーシス学会」幹事で丸子中央病院内科医・信州大学特任准教授の小山潤氏が解説することには、息切れやむくみといった症状が出て、重い場合は夜間に呼吸困難になることも。

まさに難病で、発症から10年ほどで命を落とすケースも少なくないという。

原因は遺伝か

アントニオ猪木本人は、原因が遺伝ではないかと疑っているようだ。

「私の家族も心アミロイドーシスが死因だったのではないかと疑っています。うちの家系はみんな、心臓で逝っているんですよ」

アントニオ猪木の父親は56歳で亡くなり、また兄も2人とも心臓が原因で亡くなったという。

3人に共通することは、突然パタッと倒れてしまったということだ。いまとなっては心不全か心アミロイドーシスだったかも分からないということだ。

心アミロイドーシスについてはここ数年でわかってきたことが多く、まだ解明されていない部分も多いという。

そのため、発症の原因が遺伝性だという医師もいれば、そうではないという医師もいるということだ。

アントニオ猪木は後天性だという診断を受けたそうだが、本人としては疑念を抱いているようだ。

彼の場合は、心臓のポンプが弱くなって血液がうまく循環せず、そのため手術もできないという。

そのため、治療は基本的に投薬となる。この薬代を稼ぐためにもまだ働かなくては、と気丈な様子を見せているそうだ。

この薬というのが、非常に高価なのだという。というのも、心アミロイドーシスは100万人に数人という、難病中の難病とされる病気。

患者数が少なすぎて、コストをかけて薬を作っても割に合わないのかもしれない。

1カプセルが約4万4千円。1日4錠飲まなければならず、1日あたりの薬代だけでも約17万6千円という、信じられない金額だ。

病気でも「元気ですか!」

ここ数年、プロレス界でライバルだった選手も続々と旅立った。猪木氏はいつしか己の死も意識するようになったという。

2017年にはすでに生前葬も開催し、「いかに死と向き合うか」ということは常々考えているという。

2年前の8月に腰を手術した猪木氏は、車いすで移動することが日常になっている。それでも、自身の闘病中の姿を隠す様子はない。

難病のこともあり状況は非常に厳しそうに見受けられるが、本人はいたって元気そうな様子を見せている。

「100歳まで元気に生きられればいいけど、それだけを目標にするのではなく、どう生きて、考え、どのように行動できるかが重要です」

「元気にしていれば心のリハビリにもなる! 私自身の心のリハビリとしての目標の一つは、世界のごみをきれいにしたいということ」

と、今でも食事面や体重を気にしたり、ただ長生きするだけでなく、良く長生きしようと努めているということだ。

「これからは環境問題や汚染問題に取り組んでいきます。まだまだ、「元気ですか!」の精神でアミロイドを倒しますよ!」

妻を亡くし、政界を引退し、とバタバタだった昨年だったが、今年の頭には2020年も新たなことにどんどん挑戦していくと宣言していた。

2018年には政界人として北朝鮮訪問も果たした。今年はYouTuberとしての活動にも意欲を見せている。

出典:朝日新聞デジタル

今も、車いす姿でもファンに求められれば握手し、ビンタし、交流を大事にしているという。

猪木の目から「闘魂」の炎が消えることはしばらくの間はなさそうだ。