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篠原ともえ42歳の現在が別人すぎる!(※画像あり)台湾事件で干された?

篠原ともえといえば、1990年代後半に「シノラーブーム」を巻き起こし、原色や蛍光色を多用したファッションにジャラジャラとした飾り付けの個性的なファッションスタイルで一時代を築き、日本中の若者から人気を集めた存在だ。

今で言うと「バラドル」のような立ち位置だった彼女は、個性あふれるキャラクターで突如として芸能界に現れ、一躍人気者となった元気印の少女だった。しかしそんな彼女だったが、あるときを堺にパタリと姿を消したのだった。

今回の記事では、現在42歳となった篠原ともえの現在に迫る。どうやら今の姿は昔とは別人とのことで、なんと彼女は超美人のファッションデザイナーへと姿を変えていたのだ。

シノラーブーム!篠原ともえの個性派ファッション

出典:grape

10代の頃の篠原ともえは、元気満点の少女だった。中学生の頃からデビューに向けてボイストレーニングを始め、16歳だった1995年、「電気グルーヴ」の石野卓球プロデュースのシングル「チャイム」で歌手デビューを果たした。篠原ともえ+石野卓球」名義のシングルだ。

その後「クルクル ミラクル」や「ウルトラ リラックス」などがヒットする。テレビでも、お団子頭に前髪を短く切りそろえ、顔にシールを貼り、手づくりのきらきらしたアクセサリーを装着しランドセルを背負うなど奇抜な“シノラーファッション”に加え、「~ですぅ~」「グフグフ」「クルクルッ」などと言いながらのハイテンションぶりで、強烈なインパクトを与えた。

日本中の若者に影響を及ぼした彼女。今なら100均ショップで買えるようなプラスチック製のアクセサリーや、目玉モチーフの飾り物、派手な子供服などを身にまとう若者「シノラー」が多く生まれたものだ。

原色を多用した彼女の個性派ファッションは、のちに芸能界に現れるきゃりーぱみゅぱみゅや、りゅうちぇる・ぺこのカップルなどにも少なからず影響を与えたのではないだろうか。彼ら彼女らも、篠原ともえの強烈さに比べれば霞んで見えるかもしれないが。

出典:文春オンライン

今は美人ファッションデザイナー!結婚も

あるときを境にぱたっと表舞台から姿を消し、よりアーティスティックな活動に力を入れ始めた篠原ともえだったが、それでも女優としての仕事やナレーターとしての仕事はたまに舞い込んでくる。

2010年に久しぶりにメディアに姿を見せた際には、まだ当時の篠原ともえのファッションの名残が垣間見えていた。その時点での写真がこちら。東京・渋谷パルコのクリスマスツリー点灯式に出席したときのものだ。

出典:オリコンニュース

久々の芸能イベントへの登壇に喜びをにじませ、「きゃぴぽー!」と口にしていたという。当時よりはぐっと落ち着いた印象を受けるものの、それでもその出で立ちは若干「シノラーファッション」を彷彿とさせる。

そんな彼女、今はファッションデザイナーとして精力的に活動しているのだ。出演した映画『海月姫』のプレミアム試写会でも、映画にちなみ、クラゲをモチーフとしたお手製のヘッドピースやネックレスを身にまとって登壇したという。

ファッションへのこだわりは幼少期から強かったといい、だからこそあの「シノラーファッション」を確立させることができたのだろうが、今は路線が変わり、ぐっと落ち着いた雰囲気を醸し出している。彼女の近影はIntagramなどで確認することができる。

プライベートでは、2019年に大手広告代理店勤務のアートディレクターと結婚。2018年の秋に出会って、2019年の1月に結婚というスピード婚だったという。お互いのアーティスティックな部分に惹かれ合うものがあったのだろう。

公私ともにすっかり意気投合しているようで、2020年には夫とともにクリエイティブスタジオ株式会社「STUDEO」を設立し、夫婦で手を取り合って活躍している。

芸能界を離れたきっかけの台湾事件とは?

そんな篠原ともえが、芸能界から突如として姿を消したのはなぜだったのだろうか。そこには、「台湾事件」と呼ばれる出来事が関わっているという。そして、その真相はというと非常に悲しいものだった。

2001年、篠原ともえが自身のCDのプロモーションのために台湾を訪れていたときのこと。宿泊先のホテルで、篠原ともえが泥酔したような状態で、ホテルの火災報知器を鳴らしたり、廊下のドアや壁を叩いたりなどし、警察も出動するほどの事態になったと報じられた。

緊急帰国後に篠原ともえは釈明会見を開き、「酔っ払ってなんかいませーん。早く日本に帰りたいね、ねえねえみんなで日本に帰ろうよって廊下で何度も言っただけ」と説明した。その会見では、マスク姿だった。

実はこれは、ホテルに宿泊時に、ホテルの従業員がカードキーを不正に使用し、篠原ともえの部屋に侵入して暴行をはたらこうとしたというのが真相だったのだという。抵抗した篠原ともえは顔面を殴られてしまい、歯が折れたために、折れた歯を隠すためにマスク姿で会見に臨んだのだ。

殴られた篠原ともえは、何も身につけないまま部屋の外へと逃げ、マネージャーの部屋を探しているところ、ホテルの別の従業員に保護されたのだという。これが事の顛末だった。

しかし、マイナスイメージがつくことを避けるために、その真相を公表することはしなかったのだという。そのこともありのちに急性ストレス反応が出て、芸能活動も休業へと追い込まれる羽目になったりと、篠原ともえは完全なる被害者だったのだ。

そのため、「干された」というのは全くお門違いな話で、実際には芸能活動ストップを余儀なくされてしまったのだ。現在はナレーションなどの仕事のかたわら自身の好きな分野であるファッションの世界で活躍しているので、ファンとしては温かく見守りたいものだ。